分別のあるゴミ
- 2006/12/26(火) 17:21:54
大掃除をしていたらゴミがたくさん出た。
あんな小さな部屋によくもこれだけのゴミが入っていたものだ、
とかつて女であった男は言っていた。
仕方がないのでゴミをせっせと分別する。
燃えるゴミ、燃やせないゴミ、と口に出しながら分別していった。
そのうちあまりのゴミの質と量にだんだんやるせなくなってくる。
何が燃えて何が燃えないのか、その境界線も最早危うい。
燃えるゴミと燃やるせないゴミ。
燃やるせないゴミのほうが多くなったら歳である。
ほとんどが燃やるせないゴミに分別された。
年内の燃やるせないゴミの回収はもう終わってしまっていた。
そういうわけで、ゴミは来年に持ち越すこととなった。やるせない。
X DAYまであと2日
- 2006/12/22(金) 00:49:17
Xmas Eveがあと2日後に迫ってきておりますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
私は彼氏に振られましてございます。
彼は大変お上品な方でして
ブログ上で私がうんことかおしっことか、
ついにはコカンやキンタマなどと
連呼することを大変嫌がっておりました。
ただ、一つお断りしておきたいのですが、
リアルでは決してそのような言葉を口にしたことはありません。
できましょうか。乙女がリアルでそんな恥知らずなこと。いいえ出来ますまい。
そんなわけで私は彼からたびたび怒られておりました。
彼は陰気な歌と下ネタが大嫌いな、
見た目によらず気性の荒い熊なのでございます。
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「そんなにおこりっぽいなら
森で大人しくしてればいいのに。」
そんな風に彼に言った事がありました。
彼はふいに黙って、まるで木にぽっかり空いた穴のような目で私をじっと見つめました。
そして次の日、彼は私の前から姿を消しました。
きっと新しい女が出来たのだと思います。
実はブログうんぬんの前から二人の仲はあまり上手く行っていなかったのです。
私は前々から女の影を感じておりました。
いえ。決して影などではありません。
彼は二股をかけていたに違いないのです。
だって私、風の噂に聞いたのですから。
わたしのことはちっとも抱いてくれないのに、
ハニーとやらをいつも抱いているということを。
だって私、この両の目で見たのですから。
この手に決定的な証拠を掴んでしまったのですから。
私はまさに「真っ最中」の現場に出くわしてしまったのです。
彼が彼のハニーとやらに顔をうずめて必死に蜜を舐めとっているところに。
きっとあなたも見たのでしょうね。
いいえ隠さないでください。私にはもうわかっているのです。
クリスマスにひとりぼっちでも私はさみしくはありません。
いつかはやって来る結末だったのですから。

参考:プーさんとハチミツ http://www.asahi-net.or.jp/~ka3i-mztn/pohst.HTM
鬱病チェックテスト
- 2006/12/15(金) 00:00:00
『A.NO.YO』でついに江原啓之RAPデビュー!?
- 2006/12/01(金) 00:24:37
![]() | Spiritual Tribute WEST END×YUKI、WORLD END×MIWA 他 (2006/12/01) USO この商品の詳細を見る |
『あの世ー あの世ー 行くっきゃないかもね お迎え来たならね』
今をさかのぼること12年、EAST END×YURIが「DA.YO.NE」で大ヒットを飛ばしたことに便乗し、翌年1995年には日本各地からご当地ラップとして、「SO.YA.NA」「DA.BE.SA」「DA.CHA.NE」「DA.GA.NE」「HO.JA.NE」「SO.TA.I」など個性あふれる町おこしソングが次々と発表されたが、
それに遅れること11年、ついにスピリチュアル界の大御所、江原啓之がWORLD END×MIWA名義で「A.NO.YO」をリリース!
「オーラの泉」でもおなじみ美輪明宏と強力タッグを組んで、
“死後の世界は何も恐れることはない”というスピリチュアルなメッセージを
軽快な木魚のリズムにのせたRAPで表現する。
スピリチュアルとRAPという斬新な組み合わせによって、霊界へ興味関心を持つ人が一人でも増えればうれしい、と江原は語る。
ご存知のとおり、昨今の医療の発達による高齢化社会、そして出生率の低下によって
霊界は現在急速に過疎化が進んでおり、深刻な人魂不足に悩まされている状態だ。
そこで町おこしならぬ‘あの世おこし’として、
丹波哲郎が、生前親交の深かった江原啓之を起用して立ち上げたのが「A・NO・YO(あのよ)プロジェクト」である。
プロジェクト第一弾として先月、江原啓之を編集長とした雑誌『A・NO・YO(あのよ)』を創刊。続く第二弾として今回のスピリチュアルRAPを発表した。
ますますあのよプロジェクトから目が離せない!?
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参考リンク:WEST END x YUKI 「SO.YA.NA」ほかDA.YO.NEパクリユニット(BLACK徒然草)
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本当にあった怖い話
- 2006/11/29(水) 23:34:19
小さいとき、「ねないこだれだ」が怖くてねられなかった。
おはなしも怖かったし、それを読む母の語り口調も怖かった。
「こんなよなかに
ねないこだれだ!!!!」
表紙のおばけがこっちを向いてるような気がしていつも裏返しにしていた。
ある夜、ねられないのは、ねないこだれだの本のせいだと思い、夜中こっそりと弟の部屋におとした。おとした、というのは、当時私と弟は12畳の部屋をタンスで区切ってすごしていたのだ。それで、タンスのすきまから向こう側へおとした。
朝起きたら、本はわたしの枕もとにあった。わたしはタンスと並行するように寝ていて、すきまはちょうどわたしの頭の上にあった。
* * *
中学生になってもまだおばけが怖かったのだが、好奇心旺盛な気質が加わって「怖いけど見たい」という相反する感情を抱くようになった。
当時、稲川順二や宜保愛子が一世を風靡し、『本当にあった怖い話』というテレビ朝日の番組が爆発的な人気を得ていた。番組は書籍化され、塾通いのためにその時間帯に番組を見ることが出来ない中学生のあいだであっというまに広まった。
そんなわけでわたしの元にその本が回ってくることになる。
その本は、私と同じく怖がり屋な同級生が買ったのはいいが、怖くて一人で読めないから放課後みんなで読もう、ということで持ってきたものだった。季節はもう冬で、授業が終わる頃には、辺りはすでに薄暗い。
他の生徒が帰ったことを確かめると、友達同士7人くらいで輪になり電気をつけぬまま順番に一人ずつ声を出して朗読する。一人が読んでいる間、他にしゃべる者は誰もいなかった。黙って物音ひとつたてず聞き入っていた。
恐れと緊張の中、暗い校舎でじっと怖い話を聞いていると、その物語の光景をありありと想像することができた。想像の中で登場人物と同じ体験をし、同じ恐怖におびえた。自分が読み手に回るとさらに物語と一体化できるように感じた。何回か順番が回ってきたが、気が付くとずっと私が読んでいたようだっ・た
ふと我にかえって時計を見ると、8時半を越えていた。どうやら本の世界にのめりこんで時間を忘れていたようだ。私はすこしあわててそろそろかえらなきゃ、とみんなに呼びかけるとそこにはだれもいなかった。
そしてわたしのてのなかにはこの本が
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